岩谷広策寿蔵碑

岩谷広策寿蔵碑(江田島市能美町中町3374-20)

広策は文政元年(1818年)に中村(現在の中町)に生まれ、「幼より碁を好み、その名郷里に高まる。」と言われたほど、子供の頃から優れた棋力を持っていました。天保13年(1842年)江戸に登り、本因坊丈策の門に入った後継者秀和・秀策に師事して、腕を磨き各地に囲碁行脚を重ね、後進の指導に力を尽くした。彼の門人から多くの著名な棋士が輩出されています。広策70才の時、門人、知人数多くの支えにより、存命中に建てておくという意味の寿蔵碑が広島市西区草津南町に建てられました。
その後、広電宮島線の開設により、移転を余儀なくされ、現在地に移されました。

<行き方>
中町港前交差点を左折し、鹿川へ向かっていくと中町駐在所の隣にあります。