軍艦大淀戦没者慰霊碑

軍艦大淀戦没者慰霊碑(江田島市大柿町飛渡瀬)

昭和20年3月の呉空襲を皮切りに、数度の空襲で攻撃を受け、7月28日の空襲で江田島湾最奥部で、大破転覆した軽巡洋艦大淀の戦没者慰霊碑です。

軽巡洋艦大淀は、潜水艦部隊の旗艦として計画されました。
15.5cm三連主砲を2基を前部に、後部には高速水上偵察機紫雲用格納庫と全長44mにもなる二式一号十型カタパルトが配置され、また強力な通信設備を有しました。
竣工後は、紫雲の開発失敗で本来の目的で使用できなくなりましたが、強力な通信設備が買われ、カタパルトを通常型の二号五型カタパルトに替え、空いた格納庫は連合艦隊司令部用居住区に改造され、連合艦隊旗艦となりました。
しかし、昭和19年後半は連合艦隊司令部が陸上へ移ったため、第三艦隊第三一戦隊旗艦となりエンガノ岬沖海戦、サンオセ突入作戦を戦い、南西方面第五戦隊に編入され、北号作戦に参加、呉に帰投しました。昭和20年3月19日の呉空襲で中破し修理されましたが、燃料不足により江田島湾の最奥部に係留されてしまい、7月28日の空襲で多数の爆弾を受け、転覆沈没しました。

<行き方>
江田島湾最奥部の国道に入り口と書かれた石碑がありますので、そこから海沿いに5分ほど歩いて行くとあります。