鈴木三重吉の文学碑

鈴木三重吉の文学碑(江田島市能美町中町2408付近)

明治38年(1905年)8月、鈴木三重吉は東京帝大1年の時、心の病を癒やすために来村し、廻船問屋下田家に滞在した。三重吉は女主人と長女初代と弟との4人で過ごし、その厚い人情と暖かい風土に触れ、次第に病が軽くなり、夏目漱石に近況報告として書き送ったのが、名作千鳥です。この処女作はそのみずみずしさが夏目漱石の激賞を得て、三重吉は一躍文壇に登場する事となりました。我が国最初の児童文学雑誌「赤い鳥」を創刊するなど、日本の児童文化運動の父とさてれいます。

<行き方>
中町港前交差点で左折し鹿川へ向かっていくと、仏壇屋がありますのでそこを右へ曲がり200mほど行った所にあります。
なお、ここは私有地です。文学碑は庭の中にありますので、一言断って入りましょう。