軍艦利根戦没者慰霊碑と記念館

軍艦利根戦没者慰霊碑と記念館(江田島市能美町中町)

江田島市能美町中町沖で昭和20年7月28日の空襲で大破着底した重巡洋艦利根の戦没者慰霊碑です。利根、最期の場所のそばに記念館とともに建てられています。利根に乗艦していた方だけでなく、町内で犠牲になった方も銘に記されています。
また、入場料無料の記念館には航空巡洋艦 利根に関する資料の展示がされています。
近くの海上にある2つの岩山は利根が空襲を受けた際、1つのものが2つに割れたという逸話が残っています。

 

重巡洋艦利根は、第二次補充計画で航空軽巡洋艦として計画され、昭和9年12月1日に三菱長崎造船所で起工されました。
建造中、日本がロンドン海軍軍縮会議から脱退したことで、主砲を15.5cm三連主砲4基から20.3cm連装主砲4基に変更されました。(元々、無条件条約に向け計画されていました)
利根は、船体前部に主砲4基を配備し、後部を飛行甲板に当て6機の水上偵察機を運用するものでした。これは主砲射撃中でも衝撃波の影響なく、水上偵察機の射出を行うための配置でした。

太平洋戦争中は、機動部隊の目として活躍し、ハワイ真珠湾、ウェーキ島、ミッドウェー海戦、南太平洋海戦など主要な機動部隊の戦いには全て参加しています。サマール沖海戦では米護衛空母部隊を砲撃し護衛空母ガンビア・ベイを撃沈しました。舞鶴に帰投後に修理が行われ、呉練習戦隊に編集され津久茂沖に係留されましたが、住民の反対にあい中町沖に移動したという話があります。

 

<行き方>
旧「能美海上ロッジ」の近くにあります。
(江田島市能美町中町)
利根資料館 午前9時~午後5時