海上挺進戦隊戦没者慰霊碑

海上挺進戦隊慰霊碑(江田島市江田島町幸の浦)

この碑は四式肉薄連絡艇に関わり亡くなった方々の慰霊碑です。
かつて、この地で陸軍の船舶特別幹部候補生は、ベニヤ板製の特攻ボート四式肉薄連絡艇(通称 ○レ)の訓練を積み、海上挺身戦隊としてフィリピンや台湾、沖縄へ配備されました。
実際に、計画通りの作戦で成功したのはリンガエン湾に配備された第十二戦隊のみで、残りは単発的に出撃したものはありましたが、大半は陸上から迫った米軍と対峙し、陸上戦闘を行い、満足な武器を持たない海上挺身戦隊は壊滅したそうです。

昭和20年8月6日、この地で訓練をしていた部隊は、広島へ原爆投下されると訓練を中止し、似島の検疫所へ100人、広島市へ約2000人が派遣され、被爆者の救助、捜索、破壊消火活動を行いました。多くの隊員が入市被爆し、戦後亡くなりました。

当時は秘密部隊だったこともあり、戦果についても、原爆投下後の活躍もほとんど報じられることがありませんでした。この碑は、そんな祖国のために活躍し亡くなった若者達を慰霊し後世に伝えるものです。

 

 

四式肉薄連絡艇(通称 ○レ)は、欅でキールとフレームを作り、船底に4mmベニヤを二重貼り、6mmベニヤを側面に、4mmベニヤをデッキに貼り、日産とトヨタの60馬力のトラックのエンジンを、チューンアップし80馬力にしたものを搭載した、全長5mのボートです。当初は操縦席の左右に120kg爆雷を1発ずつ搭載していましたが、廃船を使った実験で威力不足が判り、250kg爆雷1発に変更、船尾に搭載する方法に変更されました。最初の甲一型から改良を加え、甲四型が主に実戦部隊で使用されました。

<行き方>
江田島切串港から西へ3kmほど行くと海岸沿いにあります。
(江田島市江田島町幸の浦)